SNSやブログなどの情報発信を見渡してみると、「FIREをして、自由になり人生が充実している」という華やかな声の裏側で、実は一定数の人たちが、リタイア後のポッカリと空いた穴や将来への得体の知れない不安に直面している様子が綴られています。
いざすべての制約を取り払われたとき、私たちは不安を覚えることがあるようです。
ストア派の哲学者セネカは、「どこへ行こうとも、自分自身から逃れることはできない」と説きました。
また、心理学者エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』のなかで、「確固たる自己や内面の拠り所がない人が突然の自由を与えられると、その重圧や孤独に耐えかねて自らを失ってしまう」と警告しています。
外的な環境を変えたり、時間的な自由を手に入れたりするだけでは、人間は本当の意味で満たされません。
内面が空っぽな人にとって、自由な時間は「創造の源泉」ではなく「苦痛な空白」になってしまうと感じます。
FIREして数カ月の私がアドバイスするのはおこがましいですが、FIREまでに私自身が実践してきた試行錯誤から見えてきた「内面を耕すヒント」をいくつか綴ってみたいと思います。
「内面を耕すインプット」で、好奇心が生まれる器を広げておく
会社という枠組みから離れ、自由な時間という真っ白なキャンバスを前にしたとき、そこに何を描くかは、それまでに培った知識やそれを深める好奇心の深さに委ねられます。
私の場合は、FIRE前の10年間で趣味に関わる検定を多く取得し、知的好奇心が赴くままに学びを深めてきました。
そしてリタイア後も、読書、天文、農業、美術館・博物館巡りといったインプットと行動を日常の軸に据えています。
星空を見上げたり、歴史や芸術のなかに身を投じたり、本を通じて先人たちの知恵に触れたりすることは、自分の内側に深い「好奇心が生まれる器」をつくってくれます。
学びが深まれば深まるほど、一人の時間は孤独ではなく、豊かな探求の時間へと変わっていきます。
これから自由を目指す人にとって、会社に依存しない知的好奇心の種をあらかじめ撒いておくことは、何よりの財産になるはずです。
「身体と自然」という心地よいルーティンを仕込んでおく
精神面だけでなく、身体感覚を整えることも内面の充実に欠かせません。
私は、日々の暮らしのなかに、散歩や軽いランニング、ストレッチといった運動習慣を取り入れています。
登山もまた大切な趣味の一つです。自分の足で歩き、自然のリズムに身体を同調させることは、頭でっかちになりがちな日常をグラウンディングさせる最良の方法です。
暮らしのなかにこうした身体的なリズムがあると、環境が大きく変わっても心はブレにくくなります。
「選択と集中」でノイズから距離を置く
自由を手に入れたとき、最大の敵になるのは、無限に流れ込んでくる情報や他者の価値観です。
仕事を辞めても、人はつい他人と比較してしまう生き物です。周りが働いているのに自分は働いていないことに、ふと焦りを感じてしまうこともあるかもしれません。
夏目漱石の『草枕』の冒頭でも、「どこへ越しても世の中は住みにくい」と察した主人公が、詩や絵画といった内面の充実を見出していく描写があります。
現代における「世の中」とは、時にSNSなどの情報空間そのものです。
そのためSNSに依存せず利用する時間を決めることや、人間関係についても数を追うのではなく「本当に合う人だけ」に留め、その繋がりを大切にすることが大切に思います。
他人の承認欲求やトレンドの波から意識的に距離を置くことで、自分の心が本当に求めるものに向き合うエネルギーが保たれるのです。
おわりに
これから新たな自由への扉を開こうとしている人がいるなら、「自分の内側を何で満たすか」という準備を大切にしてほしいと感じています。
日々の読書や学び、自然との対話、運動、そして心地よい人間関係のなかで自分の内側をコツコツと満たしていけば、自由は重荷どころか、人生を味わい尽くすための最高のエッセンスになるはずです。
なお、今回は「自由」というテーマについて書かせてもらいましたが、私自身は悟りに達した超人でも聖人でもなく、特に取り柄のない凡人です。これからも試行錯誤しながら、自分なりの人生を歩んでいくつもりです。
それでも、もしこの文章を読んで、少しでも共感いただける部分があれば、とてもうれしく思います。

